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利休さんの茶杓に会いに 「茶杓展~谷庄東京店」

雑誌の情報欄に書いてあった「茶杓展」。
利休さんや古田織部、小堀遠州、金森宗和、藤村庸軒といった
茶道の本には必ず名前の出ている人たちが作った茶杓が展示されるというのです。
会場は銀座にある茶道具商・谷庄(http://www.art-index.net/tanishotokyo.html)。
このお店、存じませんでした。
聞けば、金沢に本店をおく由緒あるお道具屋さんなんだとか。
心臓に毛が生えているような私ですが、
ちょっとドキドキしながら扉を押して入りました。

入口近くには、時代を経て少しずつ飴色が強くなっている象牙の茶杓が並んでいます。
いわゆる利休形と言われる、いま多く使われている形のものはもちろん、
象牙の形をそのまま生かした羽根のような形のものもあったり、
入口付近を見ているだけでも楽しくなります。

そうそう。ここにかかっていたお軸にも目が止まりました。
「吹毛剣」と書かれています。
少し前に、この銘の茶杓を実見しその意味を伺い、
ちょっと思うところのあった言葉なので、印象に残っていたのです。
たっぷりした筆致ながら、その言葉の意味する厳しさが
まるで刃のように自分の生き方や姿勢を問いかけるようなお軸でした。

じっくり見ていると、
「奥にもありますので、どうぞ」と声をかけてくださいました。
お店の奥には茶室があり、そこにも展示されています。

まずはお床を拝見。
世の高い籠に、ホトトギスや半化粧、虎の尾、姫百合(?)、クレマチスなど
季節の花が数々、どれも伸び伸びと入っています。
「花は野にあるように(入れなさい)」と言われますが、
こういうことなんだなぁ、と思うような花の姿でした。

利休作の茶杓というと、名古屋の徳川美術館にある
「泪」と名前のついたものが有名です。
私は名古屋と東京都で2度、お目にかかったのですが、
切腹を命じられた利休さんが最後に削った茶杓というその背景を知って見るからか、
既然とした厳しさを感じました。

谷庄さんにある利休さんの茶杓は、それよりもややおだやかなような、
茶道を始めて最初のころに「利休型」として勉強するものに近いやさしい姿(なり)でした。

茶杓には、その来歴や、でき上がりの姿から想像されるものから
名前がつけられているものが多々あります。
いつも、どの茶杓を拝見しても、その想像力の豊かさや繊細さに驚かされます。
(時代によってはそうした銘がないものもあります)
小堀遠州作「残雪」と名付けられた茶杓など、
そうだな、なるほどねと思いながら、
でも、もし作られたのが夏だったら「瀧」とも見えるなとか、
好き勝手なことを心のなかで思いながら見せていただきました。

茶杓に添えられた筒や箱も展示されています。
筒や箱には、茶杓を削った人の名前や贈った相手の名前、
銘やその発想のもとになった歌などが書かれていることがあります。
読めないなりにふぅぅんと見ていると、
茶杓を入れる袋にそうした銘に関することが書かれているものもありました
(もちろん、これも読めなかったわけですが)。
仕覆(袋のこと)に書かれたものを見るのは初めてです。
にじむことなく、織りにひっかかることもなく、スラスラと書かれた文字。
珍しいものを見せていただきました。

ゆがんだ形の茶杓も、ただ歪んでいるのではなく、
美しくい歪んでいます。
そこにおもしろみを見いだした古の茶人の遊び心。

銀座のビルの中にある茶室に、利休さんや古田織部、
小堀遠州、金森宗和、藤村庸軒、江岑(こうしん)宗左、
仙叟(せんそう)宗室といった面々が顔をそろえているような茶杓展。
もしも作者さんたちがそこにいたら、どんな会話がされているでしょう。

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コメント

灰形教室の帰りがけに行って参りました。
よくぞこれだけ茶杓を集めたものと感嘆しましたし、吹毛剣のお軸も、床のお花も素晴しかったです。
とっても気になったのは、彫り三島と祥瑞のお茶碗、そして、竹製の瓢型のお茶入。あるところにはあるものなのねと思いながら、帰ってきました。

投稿: ぶり | 2008年7月12日 (土) 10時55分

ぶりさん、そうでしたね。
茶杓もみごとで、そうなるとそれに負けない
茶碗や薄器ってことになりますもんね。

投稿: monaco | 2008年7月14日 (月) 12時42分

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